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猿画堂雑記帳

日々の雑記帳です

人生の終わり方

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小さい頃当時釣りキチだった父親に連れられてよく海釣りに行っていた。父親の釣り仲間に、難病の子供を持つ人が居た。とても穏やかな性格の人で父とは気があっていたのだろう。しかし子供ながらに、なぜ週末の休みに子供に会いに行かないのだろうかと疑問に思っていた。その人の子供は遠く離れた大分の病院に入院しているという話だった(自分たちは長崎)。そしてあと数年間しか生きられないとう話でもあった。
べき論で言えば父親は毎週末子供に会いに行って励ますべきだろうし、そのようにしている親は世の中にたくさんいるだろう。
自分はその父親である人と話を交わすことはなかった。ただ子供の病気のことを自分の父親に話している姿がとても寂しそうに見えた。
おそらくは病院に見舞いに行って難病に苦しむ我が子を目にする辛さに耐えられなかったのだろうと思う。辛さにめげそうになっても、他の家族を養うためには働き続けなければならない。釣りに行くのは逃避だとわかっていても、また週明けから働き続けるためには現実の辛さを忘れて海をじっと見つめる時間が必要だったのだろうなぁと思う。

学生の頃 後輩の父親が亡くなった。癌だった。20歳そこそこの後輩の父親だったら年齢的にも40代後半か50代前半だっただろう。葬儀に参列したが、後日後輩の母親から本が一冊届いた。いまでも「わびすけ」というそのタイトルを覚えいている。母親が作った句集だった。その中に 夫が病院で癌を宣告されたあと一緒に自宅に戻る道すがらの心情が書かれた一句があった。今は一緒に歩いている相手が近い将来別の世界に旅立つ状況に胸が張り裂けそうな思いを綴ったものだった。

浅薄な自分には人生の幸福というものがよくわからない。
不幸というものは少しだけ分かる。

その一つが病気だ。病気は本人を苦しめ周りの人も苦しめる。大抵は一時的なもので回復すれば辛さも忘れるが、不治の病や難病は救いようのない絶望を本人と周囲に与える。自分は病気の辛さより、その絶望感の辛さに押しつぶされてしまうだろう。

昨年死ぬ一歩手前まで行った。狭心症だった。食事には気を配って長年質素な食事を続けてきた。適度の運動も続けてきた。それでも苦しくて大きな病院に駆け込んだとき担当医から「その心臓 明日止まってもおかしくない」と言われたほどだった。運良く優秀な担当医の手術により普通の生活ができるまでに回復した。それを契機に終活というものを真面目に考えるようになった。そろそろ人生の片付けを始める時期だなぁ、ガラクタを残しても周りが迷惑するだけだろうなぁ、と。
人生の終わり方はなかなか自分では選べない。この先心筋梗塞でばったり息絶えてしまえばそれが一番かと思う。間違っても血栓が脳に詰まって脳梗塞で自由にならない体になって生き延びたくない。周りに頼る相手も居ないし。仮に居ても、面倒をかけ続ける生活にはこちらが耐えられない。

生まれるときは周囲が祝福してくれる。なんと言っても生む母親がそばにいる。死ぬときはたいてい一人だ。一人で旅立っていかなければならない。どんなに出世しても有名になっても 死ぬときはみんな捨てていかなければならない。惜しまれる死、悲しまれる死はあっても祝福はない。釈迦は人生の終わりについて 何を発見したのだろうか?




by salgadoujp | 2019-03-16 09:12 | 雑談

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